G1/23:拡大審判部による、特許出願の優先日前に市販されていた製品を考慮する際の新規性に対するアプローチの明確化

04/07/2025

拡大審判部により、付託G1/23に対する審決が下されました。この審決のヘッドノートでは、次のように述べられています。

  1. 欧州特許出願の出願日前に市場に投入された製品は、その組成または内部構造がその出願日前に当業者によって分析および再現ができなかったという理由のみで、欧州特許条約(EPC)第54条(2)の意味における技術水準(the state of the art)から除外することはできない。
  1. 出願日前に公衆に利用可能となったそのような製品に関する技術情報は、その出願日前に当業者がその製品およびその組成または内部構造を分析および再現できたかどうかに関わらず、EPC第54条(2)の意味における技術水準の一部を構成する。

この審決は、製品が公衆に利用可能になった場合、当業者がその製品をリバースエンジニアリングして再現できなくても、その製品は先行技術となるという、待望されていた明確な説明を与えています。この審決とその背景については、以下でさらに詳しく説明します。

背景

G1/23は、太陽電池の封止材料に関する欧州特許EP2626911(EP’911)についての異議申立に関する不服申立に係る技術審判部からの付託です。この審判の主要な論点は、公衆に利用可能であったポリマーである「ENGAGE® 8400」ポリマーを先行技術とみなし得るかどうかに関するものでした。

ENGAGE® 8400ポリマーは、当該特許のクレームに関連する特性を備えた複合ポリマーです。当該ポリマーは出願日前に市販されており、ある程度は、当該ポリマーの特性が複数の技術文書によって実証されていました。しかしながら、ENGAGE® 8400ポリマーの製造方法は公開されておらず、当該ポリマーの分析が当業者にとって可能であったとはいえ、当該ポリマーの再現は容易ではなかったという点については、両方の当事者が同意していました。

こうした状況の下、拡大審判部による過去の審決G1/92での「製品の化学組成は、その組成を分析する特別な理由があるかどうかにかかわらず、製品自体が公衆に利用可能であり、当業者が分析および再現できる場合、技術水準の一部とみなされる」という論拠を考慮し、ENGAGE® 8400ポリマーをEPC第54条(2)に規定される先行技術とみなすべきかどうかという点が、特許権者と異議申立人との間で争われました。

ENGAGE® 8400ポリマーは当該特許の優先日前に市販されていましたが、当該ポリマーを正確に再現することが容易ではなかったということにより、先行技術が実施可能または再現可能な開示を提供するという要件を満たさなかったことになるでしょうか?また、特許の優先日前に複数の技術文書が利用可能であったことは、この状況にどのように影響するのでしょうか?

異議申立人は、当該ポリマーの再現性に関係なく当該ポリマーは先行技術とみなされるべきであると主張し、また、当該技術文書に開示されたポリマーの特性は関連性があり、当該ポリマーを再現できなかったという理由だけで無視されるべきではないと主張しました。これに対し、特許権者は、当該ポリマーは再現性がなかったため先行技術とみなされるべきではないと主張し、また、当該ポリマーは技術水準の一部を構成しないため、当該技術文書も技術水準の一部を構成しないと主張しました。

審決G1/92とその後の相違する判例法

過去の審決G1/92では、「当業者が製品の組成または内部構造を発見し、過度の負担なしにそれを再現することができる場合、製品およびその組成または内部構造の両方が技術水準となる」と述べられています(強調追加)。

この見解は、互いに相違する判例法を導いたと思われます。具体的には、当業者が「製品の組成または内部構造を発見し、過度の負担なしにそれを再現すること」が不可能であった場合、一部の技術審判部は製品の組成または内部構造のみが先行技術から除外されるとみなしました(審決T370/02、T2045/09、T0023/11、およびT1833/14など)が、他の技術審判部は製品自体およびその組成または内部構造の両方が先行技術から除外されるとみなしました(審決T946/04およびT1666/16など)。

こうした判例法の相違により、EP’911の審判に係る技術審判部から、拡大審判部に3つの質問が付託されました。

付託された質問

拡大審判部に付託された3つの質問は以下のとおりです。

1.欧州特許出願の出願日前に市場に投入された製品は、その組成または内部構造がその出願日前に当業者によって過度の負担なしに分析および再現できなかったという理由のみで、EPC第54条(2)の意味での技術水準から除外されるのか?

2.質問1の回答が「no」の場合、(例えば、技術パンフレット、非特許文献または特許文献の公開などによって)出願日前に公衆に利用可能になった当該製品に関する技術情報は、当該製品の組成または内部構造がその出願日前に当業者によって過度の負担なしに分析および再現できたかどうかに関係なく、EPC第54条(2)の意味での技術水準になるのか?

3.質問1の回答が「yes」、または質問2の回答が「no」の場合、審決G1/92の意味において過度の負担なく当該製品の組成または内部構造を分析および再現できたかどうかを判断するために、どのような基準を適用すればよいか?特に、当該製品の組成および内部構造が完全に分析可能で、かつ同一のものを再現可能であることが要求されるか?

審決G1/23

審決G1/23では、次のように述べられています。

  1. 質問1への回答は「no」である。したがって、欧州特許出願の出願日前に市場に投入された製品は、その組成または内部構造がその出願日前に当業者によって分析および再現ができなかったという理由のみで、EPC第54条(2)の意味における技術水準から除外することはできない。

  2. 質問2への回答は「yes」である。したがって、出願日前に公衆に利用可能となったそのような製品に関する技術情報は、その出願日前に当業者がその製品およびその組成または内部構造を分析および再現できたかどうかに関わらず、EPC第54条(2)の意味における技術水準の一部を構成する。

  3. 質問1と質問2への回答により、質問3は意味をなさない。

この審決は、G1/92における製品の再現性に関する言及が、広い意味で、すなわち、当業者にとっての、その製品の入手可能性、および所有可能性として、理解される必要があることを明確にするものです。これには、当業者にとっての、市場からの製品の入手可能性が含まれます。

結論

G1/23における拡大審判部の審決は、歓迎すべき法的明確性を提供するものです。この審決により、何が先行技術であるのかを判断する際に重要となるのは、技術的な再現性ではなく公衆に対する利用可能性であることが確認され、したがって、公衆に利用可能な製品を、その製品の組成または内部構造が当業者によって再現できなかったという理由のみで、先行技術として除外することはできないことが確認されました。

したがって、この審決により、企業が長年にわたって製品を製造・販売しているにもかかわらず、その企業が当該製品の製造方法を秘密にしていたために、当業者が当該製品をリバースエンジニアリングして再現することができず、後になってその企業が当該製品に対する特許保護を取得できるという特異な状況が回避されることになります。この意味で、G1/23は、欧州特許庁(EPO)における特許性に関する「販売による新規性の喪失(on-sale bar)」規定の存在を事実上確認するものです。これにより、EPOにおける先行技術の開示に関する法が簡素化されるとともに、複合材料分野におけるイノベーションの実情に、より即したものになると思われます。

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