19/06/2025
2025年6月18日、EPOの拡大審判部は、注目されていた付託G1/24 に関する審決を公表しました。この事件では、EPOにおけるクレームの解釈の扱い方、および、クレームを解釈する際に明細書が果たすべき役割という、基礎的な問題が検討されています。拡大審判部がヘッドノートに示したように、この審決で重要なのは、「欧州特許条約(EPC)第52条から第57条に基づく発明の特許性の評価において、クレームを解釈する際は、クレームを単独で読んだときに当業者にとって不明確または曖昧であると判断される場合に限らず、常に明細書および図面が参照されるものとする。」という点です。
事件の背景
付託G1/24は、「熱拡散性ラップを備えた加熱式エアロゾル発生物品(Heated Aerosol Generating Article with Thermal Spreading Wrap)」という名称の欧州特許EP3076804に関する異議部の決定に対する審判において行われました。
この事件では、当該特許の明細書にて、「シートの集合体(gathered sheet)」という用語について、当業者がその用語について通常理解するとされた意味よりも、広い定義がなされていると主張されるという、興味深い状況が含まれていました。審判部の見解は、狭義の定義によれば当該特許のクレーム1は新規性を有するが、明細書に示された広義の定義によれば、クレーム1は新規性を欠くというものでした。
付託を行った審判部は、クレームを明細書とは切り離して(つまり、狭義の「共通の一般知識」の定義を用いて)解釈すべきかどうか、すなわち、明細書に示されている広義の定義に照らして解釈すべきかどうか、という大きな問題を検討する必要がありました。本件クレームは、どちらの解釈でも明確であるとみなされました。
審判部は、この問題に関して互いに相違する判例法を特定しました。ある判例法では、単独で読むとクレーム自体が不明瞭または曖昧な場合にのみ、明細書および図面を参照すべきであると主張されていました。他の判例法では、明細書および図面を常に参照すべきであると述べていました。
拡大審判部に付託された質問
拡大審判部に付託された質問は3つありました。最初の質問は、クレームの解釈に関するEPCにおける法的根拠に関するものであり、2番目の質問は、上記した2つの考え方のどちらに従うべきかを問う基礎的なものであり、3番目の質問はより具体的に、クレームを解釈する際に、明細書に記載された用語の定義を無視できるかどうかを問うものでした。
拡大審判部の審決
最初の質問への回答は、法的観点から興味深いものです。拡大審判部は、EPCにはクレームをどのように解釈すべきかについて単一の十分に定義された根拠がないと指摘しており、審決の中で以下のように述べています。「拡大審判部は、EPC第69条および議定書第1条、またはEPC第84条のいずれも、特許性を評価する際のクレーム解釈の根拠として十分に満足のいくものではないと考える。」しかしながら、拡大審判部は、明細書および図面がクレームの解釈にどのように影響するかという点で判断の相違があることを除いては、このギャップは、EPCの判例法により概ね埋められているものと判断しています。
この判断の相違について拡大審判部は、2番目の質問に対する回答の中で扱っています。上記のヘッドノートで言及されているように、拡大審判部は、クレームが曖昧である場合に限らず、常に明細書を考慮すべきであると決定しました。この決定に至るにあたり、拡大審判部は、EPC第69条自体はEPCにおけるクレームの解釈の唯一の根拠ではないが、それに反する方法でクレームが解釈されるべきではないとの見解をとりました。
特に、EPC第69条では、保護の範囲を決定する際には、明細書および図面が考慮される、と規定されています。拡大審判部は、EPC第69条は一般に特許付与後の侵害訴訟に関連するものではあるものの、EPOがクレーム解釈に関して国内裁判所および統一特許裁判所(UPC)と異なるアプローチを取ることは望ましくないと指摘しています。
最後の3番目の質問については、2番目の質問への回答によって回答されているものと拡大審判部は判断し、そのため不適格と判断されました。これにより、クレームを解釈する際に明細書中の用語の定義を無視できるかどうかという質問に対して、暗黙的に「no」と回答されたものと思われます。なぜなら、2番目の質問に対する回答では、明細書を常に参照することが求められているからです。
EPO実務への影響
この審決は、EPOにおける実務に広範な影響を及ぼすことは間違いありません。出願人に利益をもたらす場合も考えられますし、そうでない場合も考えられます。しかしながら、今後は審査および異議申立手続きの両方において、クレームの解釈に対してより一貫したアプローチが取られることが期待されます。
さらに、EPOでの審査においてクレームを解釈する際、この審決は出願人にプラスの影響を与える可能性があります。EPOの審査官がクレームを評価する際に、出願人の意図を超えてクレームの用語の意味を非常に広く解釈することがよくあります。またEPOの審査官が、クレームで用語が適切に定義されていないことに対して、明確性違反の拒絶理由を指摘することもよくあります。出願人が明細書を引用して反論した場合は大抵、クレームは明確でなければならず、明細書を参照することなく解釈されなければならないという返答が返ってくるでしょう。この度、拡大審判部が、審査官はクレームを解釈する際に明細書を参照しなければならないと判断したことにより、このような理由付けが拡大審判部により否定されたことになります。これにより、この種の拒絶理由が通知されることは減ることでしょう。
一方現時点で、EPOでの関連する問題として「明細書の補正」の問題があります。最近、EPOは、明細書を「クレームに準拠」するように補正する要件について厳格化しており、これは、明細書中にクレームの範囲外となる主題があれば削除するか、または明示的にディスクレームする必要があることを意味します。多くの特許出願人は、これは控えめに言っても不必要な要件であり、最悪の場合、審査官の一貫性の要求を満たすように明細書を補正することで、意図せず主題が追加され、その結果、権利行使不能になる可能性があるため、危険な要件であると考えています。
G1/24の審決が明細書の補正を求めるEPOの実務にどのような影響を与えるかは現段階では明らかではありませんが、カンマの記入漏れにより特許が取り消された事例(T1473/19およびT1127/16)など、EPOでなされた、より問題があるように思われる審決の一部が減少する可能性はあります。どちらの場合も、明細書を用いてクレームが解釈されていたならば、特許が取り消されることはなかった可能性があります。
結論
全体として、今回の審決は、少なくともクレームの解釈に関してより一貫性があり予測可能なアプローチにつながるという点で、欧州の特許実務にとって好ましい一歩と思われます。
本記事は一般的な情報のみをご提供するものです。本記事の内容は、何らかの対象についての法的な見解ではなく、また、アドバイスを構成するものでもありません。本記事に基づいて何らかの行動を起こすことをお考えでしたら、先ずはReddie&Grose LLPにご連絡いただき、アドバイスをお求めください。

